少し話が長くなるのですが、一体なぜこんなことをしているのかについて考えてみました。

わたしは自由が好きで、かつ長い間中心に自分を置いて、自分の我や己の「自分を大切にしたい思い」を確認してきました。さらには高校の時に始めて世界を広くしたわたしにとって普通に感じていることが普通じゃないということも理解していきました。

本当はこんな風に考えるのが普通。。。ということを友達から学び、さらに子どもが成長する段階においては保育園の先生から、学校の先生からも色々な場面に応じた子どもに対する説明のしかたも学んできました。

それで、わたしはこう思いました。

ふ~ん、わたしはこうして人へのサポートをすることもできるけれど、でも、実体のない過去を振り向いて正しいとか正しくないとかを話すのは苦手だなあ、、、と。そうして、人からの情念というものについても考えてみました。

情念というものがあるとしたら、人間の中にある情念は1つ2つあるとはしても、そこを上手に引き出していくと何かを成し遂げることはできるかもしれないけれど、実際に自分が本当にしたいことをやるにあたっては情念というものではできないなあ、と思う今です。

やはり外は風が吹いているとしたら、風よけも必要だし、風あたりの強い所にはまずは物を置かないとか、自然との調和を保つために必要なことを考え、そして実行することが何よりも大切。だから、情念の世界だけではどうにもならないことはいっぱいあると思います。

さて、今朝、わたしが思うのは情念とはエネルギーの傷かな?と思う出来事がありました。エネルギーの傷。それは一体何かというと本当は自分を大切にしたかったから頑張ってやってみた。でも、できなかった。などというものがエネルギーの傷として残っているとしましょう。

そうなると傷をどんなにたしなめてもたしなめても、しっかりするはずもない。

だから、そう。

本当にしたかったことをまず認めてあげること。

そうして、したかったことが認められたときに感じる安心感、安堵感を知ること。

さらには、どうしてもできなかった傷にもなった不快感があるなら、そこは実際の自分にある本当のエネルギーでもって包んであげること。

それができるといいなあと思います。

本当のエネルギーって、人によって違うかもしれません。単純にエネルギーを波動と思っている人もいるし、鼓動をエネルギーと思っている人もいるし、または振動をエネルギーとして捉えている人もいると思います。それは自由。自分の自由。だから、その自分が思っている「本当のエネルギー」を使って自分の傷を包んであげましょう。

そう。わたしはそれがしたいと思ってリーディングという手法を使っていると思います。

自分の傷は自分でしか癒せない。だから、相手の方が思っている「本当のエネルギー」を読んでそれをフィードバックする。それって親切とかではないかけがえのない相手の方への信頼と尊重と愛を含んだものだと感じています。

そう。わたしはそれが伝えたい。それをしたい。

今、そう思います。

みなさんもそんなことを感じながら今日1日をお過ごしください。人は人によって癒されない。自分でしか癒されない。だからもし、ケアという手法を使うのであれば相手の方が望む分のケアをすること。相手の方が望まないことをすることになると、しんどいのは自分であり相手の方。それを知るのは数ヶ月かかる。きっと血液が染まったものを開放する時間がかかるから。

今、始まろうとしている自分と他者との関係の見直し。それができるといいなあと思います。

自分をあまり外に出さないのがいいのではなく、自分が誰かと話す時には相手の方が望む分にしておきましょう。

これが愛だと思う今朝です。