今日はすごく楽しい1日になると思う。尽きないあふれる感性の源である上質の情報の聞き取りがとてもうまく行くような気が朝からしている。

まるで人生が自転車のように動く2本のタイヤで回っていたとしても、まだまだすごい効果のある上質のうまい人生観が見つかっていないとしたら、それが見つかっていくかもしれない。

それが実際のこととして回っていることを証明するかのようなことが起こるかもしれない。さらには困難なことを排除するのは自分自身との対話だけじゃなくて、人としての生き方や生き様が対応するのは当然としてもそこを上手に角度を変えて自分との対話に生かす方法が見つかりそうな気配。

すばらしいことは何にもない。というフレーズのその意味は「これでいい」ということ。それを自分の腑に落とす作業。この作業をすることによるしあわせは喜びと言ってもいい。

これからの自分の表現は、こうして大切なことを大切にして自分らしさを生むこと。それが要らない情報の削減になり、または相当な意志を持つことになる。

そう思うことは素敵な自分の角度を持てたということにつながっていきそうだ。

たまたま疲労した観念の人が目の前にいたとしても、その人の大きな器のようなものに触れていいくと、簡単なことから1つ1つの丁寧な視野の広がりを持つことを提案したり、さらには交感神経の流れをよくすることでしっかりしたその人の大きな器に合った本当のその人の笑顔が出てくるような気がする。だから、その時の苦しい様子はわかならくていい。そうも思う今日の朝。

予想した範囲を超えたことがいっぱい目の前にあるとしよう。それは自然な形で自分の目の前に来たのだから、だとしたらそれを受け入れること。それがいいと思うとか嫌だと思うとか、そんなことではない。わたしたちにとって何か発生するとしたらそれは自然からの恩恵。だから、自然を受け入れること。それが精一杯に生きるコツかな。

じゃあ、そのコツは一体なんだろう?

それはまた明日。