毎日の中にあって
人は何を求めて生活しているのか、
わたしはまだよくわからないように
思います。

たくさんの人と楽しく確認する
日々を謳歌する事柄。

でも、そこには毎日の生活手段の
お金や時間も確認しなければならない。

わたしは毎日こうして
エネルギーに対する感覚を使って
日々を過ごすことをよしとしているため、
なかなか弱い自分の側面は現実かも
しれない。

現実は、人を変え
人に驚くくらいの感覚を与え
そこには摩耗する神経や塞がる思いを
持つように思う。

そんな時には
確実に自分を知ることは
素晴らしいと思う。

確実に自分を知るとは、
いらない感情を捨てること。
捨てることは余裕ができるから、
余裕が素晴らしいとわかる。

わからないなら、
余裕を持つことを希望していないかも
しれない。

まさか、人を土台にして
自分の成長を確認してみたり、
まずは疲労した感覚を自分は
感じないようにしながら
人との接点に対する動きを作るなど、
毎日はすごく動く。

その動きにたまにはストップをしたい。

なぜなら、
人はマインドを捨てた時に初めて
自分を知ることをしようという気になる。

マインドとは思考。
思考は疑いから生まれる時もあり、
そうじゃないマインドを作るには
やはりまっさらな自分に対する
肯定をしていくことだと思う。

まるで時間がないかのように感じたら、
そこには自分のエネルギーを消費しきっていると
いうこと。

その意味は、自然に生きるには
自分を信じて自分にOKをだしていくのが
最善で、かつ最高のことかと思う。

まるで、信頼のない自分がいるなら、
そこはたまたま信頼を持たない何かを
感じているだけ。

それは自信のなさや
不快感、
それから
愛に対するしつこい感情のような
執着。

やめよう。