社会にとって必要なのは、〝ありがとう〟なのかもしれない。

すぐに効果のある実態が見えてないかもしれないけれども、情報の質の良し悪しは本物志向の人にとってはとても重要で、かつ見えていない分不安も伴いながら日々それが本当に効果のあるものかどうかを待つに違いない。

今日の1日を大切に生きること。それは本当にとても大事なことで、しかもそれを続けることが人間としての生きる癒された感情を持ち続けることになるとは思う。

しかし、まるで自信のない自分をそこに見いだすことがあるのであれば、それはいらないこと。

不信感などそういうものは一切いらない。

だから生きている。それはいらないものだからこそ今がとても大切だと思える。

競争意識と言うものは、たくさんの状況をあれこれと確認している。その確認は何のためだろうか?

多分、自分の正義だったり自分の本当の価値を見出したいと思っている、わたしたち人間が過去にこれでよかったのかな?と思うような価値観や、または不満のようなものを感じたことがあるとしたら、そこには当てはまらないで大丈夫だよね?と言う自分への安堵感それを持ちたいんだと思う。

でも、それってどうなんだろう?

今まさにスタートを切ろうとしているマインドと言うものがあり、そのマインドは妄想でもなければ、社会に蓋をするわけでもなければ、うんとチャネリングをしなければならないわけでもなくて、ちゃんとちゃんと自分の中に不安をなくす協奏曲となるであろう本当の自分がいて、そして、答えを持っている、というマインド。

その答えを引き出してみようじゃないか!