ここぞ!という時に感じる底力。
きっとみなさんもそんなことを
感じることがあると思います。

わたしは今はしんどいこともあるのですが、
今日からそこをドン!と引っ繰り返すことになると思います。

人は人との関係によって
信じるとか、信じないとか、
または
本当なのか、そうでないのか、など
様々なことを理解し、それを方向性として
OKとしながら日々を過ごすと思います。

わたしはこれからの日々は
ある意味状況を把握することより、
しっかりとしたその人の気持ちに寄り添った形で
ケアをするのがいいと思い始めています。

というのは、状況の把握は、
すごく人へのサポートをするのに最適化した
現実性の強い身体症状がどうであるとか、
または本当に必要なことは
もっと自意識を持って人へのサポートをすることだとか、
そういうことがわかるのですが、

つまりは現実性の強い、
身体症状としてはMRIにはいって身体の中を見るかのように
すごくいい状況なのか、またはどこに何があるのかなど
ふと気がつくかのように軽くリーディングするだけで
サラッと色々なことがわかってきました。

そうなると、今後すごく空気の振動がさらにさらに
細かな運動をする時に対して、
必要以上にそれがわかることになり、

それがきついことも生むのではないかと想定してのことです。

つまりは、人との関係において松果体という部位における
役割がすごく活動性が強くなるため、
自分の意志に反して、
知らないうちに松果体が浮遊する過去や未来にある
情報を受け取ってしまうことになりかねないと思います。

それは危険で、さらには危険だけではなく、
しっかりとした問題解決から離れる気がするため、
もっともっと人に寄り添うようなこと、
それも人の気持ちに寄り添うようなことがいいと
今は感じています。

人の気持ちって、
毎日を気持ちよく過ごしたいというのが
元々持ったわたしたちの気持ちなので、
そこを上手に取るといいかと思います。

これまでの大きな世界観はなくなり、
ただの生き物としての生物性の強い理論的な状況。

それがわかることによって
人は大いなる関心事は、
人との関係から次のステップにいくと思います。

きっとそれは今まで培った自分の中にある
情報がストン!と自分に落ちる瞬間がある。

それには
その瞬間を素敵に受け取る柔らかさが
あるといいと思います。

受け取る柔らかさ。
それはきっと気持ちの余裕かもしれません。

気持ちの余裕。

ハッ!とするくらいの自分が本当にしたいことが
パキッとわかるそこ!

そうなるといいなあ。

今日はそんなことを思いました。

では、また。