セラピスト誕生 10月26日

写真:セラピスト講座の中での整体の練習

みなさんは、セラピストと聞くとどんな人と思いますか?
わたしはセラピストという言葉には
特に大きな思い入れはありません。

セラピーをする人という認識です。

楽しいとか、楽しくない、とかを超えて、
ただただ相手の方に添う人に対する名称かな、
と思っています。

楽しいケア、おもしろいやり方、
それはちょっとセラピストとは違うように
思います。

今は、笑ヨガとかもあったりして、
本当に必要なことは自分が自分を尊重し、
自分にとって必要な栄養は自分で受け取る
ことかと思います。

その意味で、笑ヨガのような他人任せではない
自分の中心に笑うという、
当面のことにしっかりと集中した自分を作る
ことは素敵なことなのかと思います。

そこで思うのは、それにプラスして
第三者へのサポートをする側の立場は、
また少し違います。

第三者のサポートをする時には
常に相手の方を中心にすることが大切です。

そこには自分の感情を持たずに、
または持っているとしてもそれは横に置いて、
ただただ相手の方へのサポートをすることに
集中する自分を作ること。

それは並大抵なことではないと思います。

つまり、相手の方が話をされる、
または「◯◯が痛いです」と言われる、
そこには反応しないで、でも、化学記号のような
その言葉はしっかりと受け止めることが
大前提です。

そういった意味でいうと
人は第三者の力を借りることがあってもいいし、
それなしには自分を肯定することができにくい
ことがあるかもしれないし、それは人によって
様々なことだと思います。

相当な辛い気持ちがある人には
そこに涙ぐんだような話もあるかもしれません。
しかし、その涙は何かから出ているものだという事実。
その事実は感情なのか、ふとした悲しみのような
それでいて自分への哀れみなのか、それは
全くわからない。でも、事実としては涙がある。
そこに焦点を当てるのかどうか。
その判断も要ります。

ということなどを様々学んだ時間を過ごしました。

そして、3人のセラピストが誕生しました。
この写真は4人いますが、
1人はエキストラというか、
3人の講座でしたので、娘が入って
常に4人2組で整体の練習ができる場を
整えました。

そこで、いつ、何を、どのようにして、
マイナーな思いを捨てるのか?などについては
今回はまったくレクチャーなし。

そういったことを経てうまく整理整頓のルールを
学ぶ方もいらっしゃいますが、
今回は違いました。

ただやる!

その繰り返し。

必要なことを、ただやる!

それだけを丁寧にやりました。

結果は、よかったです。

人は人によって癒しを受けることで
寒々とした時間に対する却下ができること。

人は人によって整理整頓をされることで
楽しい気持ちや気分になること。

人は人によってたくさんのお荷物の整理を
無言でしてもらうこともあること。

などなどみなさんそれぞれに学び、
それを糧にしてこれからに進んでいかれます。

まずは自由になること。
そして自分を信頼すること。
真似でもいいので、人に対する優しさのような
まるで自分には感情がないかのようなステージも
あるよ!と知ってみること。

なんだかおかしいよね!と思うことはあっても、
人は人にとってかけがえのない友。

だから、人による大切な問題の負荷をおうものを
見つけて、触って、しとめて、といったことは
することがない。

なぜなら、そこには不問とする感情があるだけだから。

そういうことも理解はしていただくことはなかった
かもしれませんが、少し何かがわかっていただいて
そこから新しい英知が生まれたと思います。

もうそろそろ新時代のルールが生まれます。

その時代に合ったルール。

そのルールにはふやけたものもあるかもしれませんし、
もう少し状況の把握をサラッとできるようになるかも
しれません。

楽しいだけの自分。
憂鬱さを捨てるだけの自分。
摩耗した問題を解決する自分。

ということではなく、
しっかりと未来に目をやることもできる
ケア者としての場。
その場がセラピストとしての場。

そういうことになるこれから。

その時に感じる癒しと整理整頓の一致感。
それができることになるこれからの時代。

とても楽しみです。


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