脳に必要な電気信号は、テレオパ!のスイッチで動く

写真:12月14日テレオパシーセミナー中級編第2回2日目「疑いをやめることはできるの?」講師 藤松弓子

本当に長い道のりを歩いてきた人にとって
愛という言葉はなぜか中心におくものだという
設定があると思います。

愛による迷い
愛による摩擦
愛による精神性
愛による楽しさ
愛によるご飯の美味しさ

などなど愛にまつわることは
いっぱいあると思います。

ここに来てなぜ愛についての話なのかは
セミナーを聞いていただいた方には
おわかりだと思うのですが、
そうでない方への説明を少ししたいです。

お父さん、お母さんの愛をどのように感じ、
どのように性質が作られたのか、
それに対する興味は尽きないと思います。

親からの愛こそ、すべてである
と言っても過言ではないくらいです。

しかし、本当にそうでしょうか?

わたしは小学生のころから
愛について社会との関係で
何かを感じてきました。

わたしが感じる愛とは、
人へのサポートをするというより、
誰かのためを思う=愛 ということを
理解していたと思います。

なぜなら、愛には許すとか許さないとかの
話はなくて、ただただ人への尽きない思いが
愛であるという説明をずっと聞いていたからです。

その説明は、尽きない愛=自分を犠牲にする とも
つながるようなことでした。

わたしにとって、愛は自己犠牲であり、
自己犠牲は愛の特徴であり、
その特徴を得た時、人は成長するものだという
ことも同時に教わっていたように思います。

つまり、自己犠牲をする強さがあることが
愛を知っている、または愛を生きている人、
という認識。

今、思うと、「どんだけ〜⁉️」と言いたいくらいに
そこに固まっていました。

だから、何かあると愛の定義に沿わないことに
疑問を感じ、そしてその疑問についてずっと
考えることは多かったようです。

考えるということは、
しっかりと理解できない、ということなのに、
でも、考えればきっとわかる。
わたしが未熟だから考えないとわからないのだ!
といったことも思っていました。

まあ、まあ、大変な時を過ごしました。

でも、誰でもがそうしたことを考えて
過ごした日々はあるのではないかと思います。

わたしにとっての愛は、
すばらしく必要と必要のないものの区別はなく、
ただ自分がそれを見た時、または感じた時、
どこに焦点を当てて一つのことを理解するといいのか、
それさえわからなかったと思います。

だから、悩みました。

そして、答えはでませんでした。

結局のところ、自分がしたいことをするしかない!
とわかったのは、それから数十年も経った時でしょうか。

理屈じゃなく、自分が心から温かい気持ちになった時、
それが愛じゃないかな?と気がついてきました。

そうして、その感触は、実は身体症状とも
感情とも、心因性精神性のある心とも
関係のあることだともわかってきました。

じゃあ、その元って一体どうなってるの?
と考えてみた時、一瞬にしてババ〜っと
何かが降ってきたかのようにして、
わたしはわかった瞬間がありました。

やはり、それは脳というより、
一瞬にして機嫌が変わることもある自分をみても
そうだし、相談をしてくださる方を見ても
そうだけれど、人ってある一種の電気を発して
いるのではないかと常々思っていました。

だから、ババ〜っと何かが降ってきた時に
思ったのは、どこからかイナヅマのようなものが
わたしに降りかかった💛と思いました。

それってなんだろう?

気持ちの中にある状況にも関係がない、
またはその日の天気にも関係がない、
ある時、一瞬にして感じるイナヅマ⚡️

これって、なんだろう?

そうして、そこをずっと考えていった結果、
これはわたしたちに電気があるとしか
考えることはできないとわかり、
そこから次々とその仮想によって
物事を考え始めました。

仮想というのはとても面白い。
仮想をして、理屈が合うと思うことができたら、
その仮想は、人にとっては仮想かもしれない。
またどんなに自分に理屈があっても、
エビデンスのないことは仮想ということでしか
話はできない。

だとしても、一瞬にして走ったこの感触。
これは事実。

だから、この事実をわたしは知りたい。
そして、確かめたい。

そう思ってわたしなりの仮想の素敵さを
ずっと味わってきました。

これは案外、とても素敵なことと思います。
自分の仮想を信じ、そしてそれについて
模索し、模索した結果、それが自分の中の
理屈に合うという事実の確認の連続。

その事実の確認とは、身体症状から来ています。
身体症状が軽くて動きやし状態になる。
心因的精神的な摩耗がない。
まるで時間がないかのような圧縮された時間を
感じる。

などなど、とてもおもしろい感覚があり、
それについて語らずにはおれない感じでした。

そして、今もそう感じています。

それを今は、オパという名前をつけて
電気信号と脳を結ぶ回路の話にしています。

電気信号と脳を結ぶ回路はとても面白い。
わたしはそこにある情報というものについて
まさかの時にはいつもオパの回路を使って
何かにつけ確認します。

すると、それをヒラメキ💡という言葉として
今は確認することもあり、このヒラメキ💡とは
電気信号が現実と合致した結果、
電気信号が脳を身体を動かそうとする感覚。
それがヒラメキ💡として誰にもあるよね!
を確認しています。

そして、その話をテレオパシーセミナーとして
お話しています。

ヒラメキ💡は、まだ脳との回路の強さのない状態。
しかし、ひらめいてこその電気信号の活用ができます。

電気信号を活用したいなら、まずはヒラメキ💡を感じること。

それからしかすべては動かない。

わたしはそれをものすごく最近は思います。

ヒラメキ💡を誰にも感じてもらいたい!
という強い思いがあります。

その思いは、すでにわたしがヒラメキ💡を大切に
していることによって、事実関係としての現実が
かなりしっかりしてきたこと。それと現実の問題の
対処が素早くなっていること。それを感じるからです。

妄想と仮想との違い。

これはとても大きいと思います。

妄想は、少しばかりの悲壮感もありながら、
現実逃避もありながら、事実を捻じ曲げてしまうような
ことが起こるように思います。

仮想は、違います。

論文などもそうですが、
すべては仮想をして自分が描きたい世界を
一旦何かに置き換えてみて、
それが自分の確信に近いものかどうかを感じてみて、
またはそれを他の諸々のことに付き合わせてみて、
OK💛💛💛を感じるのか、またはちょっとでも
違う。。。を感じるのか、それを試して、試して、
そして自分なりの答えを導いていく作業。

この作業は、どこの世界でも誰でも、していること。
これなしには人は生きれないような気がします。

なぜなら、仮想想定をして現実を動かすしか
わたしたちにできることはないから。

仮想想定なしに動くことができる人がいたら、
その人は電気信号と脳をつなぐ回路を持っているということ。
その回路は、オパという回路じゃなくてもいい。
何かの回路を持っているということ。

回路なしに電気信号と脳の伏線にある情報というものを
確認することはできにくいと思います。

だから、伏線にある情報は何を知りたいのか、
それが回路を作る1番のポイントです。

わたしの場合は、欲張りだったので
情報として知りたいのは
未来であり、身体症状であり、脳であり、現実でした。
そこは人は目的さえ持てば、なんでもできるのでは
ないかという、これも仮想ですが、そんなことを
思っていたので、知りたい情報の目的は多岐に
及びました。

それによる回路が「オパの喜びの回路図」として
できています。

今、こうして回路のことを書いてみると
本当に面白いことをやってるな💛と
自分のことですが、欲張りも成果あることに
なったことにニヤニヤっとします。

欲張りがあるとしても、
その欲張りの原点が電気信号を知りた〜い★★★
からの発想だったので、きっとその欲張りは
叶ったように思います。

欲張りが感情から来ていたり、
涙から来ていると、
欲張りは何かを制御させるスイッチになり、
元も子もない状態になるかと思います。

欲張りに対する評価をするわけではありませんが、
欲張りは素敵な時もあるし、欲張りの元に感情があると
それは悲壮的なことに発展することもあると思います。

しっかりとした電気信号を持ってみたいと
思いませんか?

このテレオパシーセミナーは、2021年8月まで
続けます。

いつか気が向いたら参加なさってください。

このセミナーでは電気信号のことのみ
話ています。

たまに脳のこともお話ししますが、
脳には電気信号がないと、一心同体である身体は
動くことができません。

だから、まずは電気信号を知ってみること。
そうしないと、何をどのように解決しても
また解決したかに見えたことは復活してしまいます。

そうなる前に、ぜひ電気信号を知ってみてください🌺

わたしは、こういうことに精を出すことになった
理由は、わたしの電気信号の力が弱かったからだと
思います。小さい時は考えることもせず、
ただただ日々を過ごす少女でした。
また、少し大きくなっても
何かあると考えてしまい、そこから答えを出すことに
精を出したのですが、答えが出ないことに
とってもウツウツとし、さらにはそこから
死ということには発展しませんでしたが、
でも、死ぬということも思案した時、
「なぜ」という生きることについての
疑問がいつも脳に溢れている時間を過ごしました。

なぜ人は働くのか。
なぜ人には謙虚さが必要なのか。
なぜ人は人を疑うのか。

こういうことをしつこく考えた時、
空を見上げては誰かに相談するかのようにして
「どうしたらいいの?」とずっと思いを
託していたように思います。

もうそれはしないでもいい時になりました。

さあ〜っと、しっかりした電気信号と脳のつながりを持つ
回路があればそこから完全な言葉が出てきて、
色々と自分に合った説明をしてくれる。

わたしはこういう設定をしているオパが大好きです💝

こういうことをしている時が本当に楽しかったかというと、
そうではないことも多々ありましたが、
でも、そのおかげで今があります。

それはどういう意味かというと、
わたしの指針がかなり微細なものについて
遮断をすることが多かったと思っています。

指針による計算。

それはない方がいいかもしれないと
心から思います。

でも、それって案外小さい時からの躾の中に、
または教育から学んだことの中にあるので、
なかなかしっかりと培養されたそれは
解くことは難しいと思います。

だからこそ、電気信号を使いましょう。

まずは「テレオパ」と言ってみてください。

電気信号が動き出します。

このテレオパにある電気信号は、
その動きの元になっている松果体にも
スイッチが入ります。

みなさん、ぜひ、テレオパ!という言葉を
覚えてください。

そして、使ってください。

まだこのスイッチについて何も学んだことがない、
話を聞いたことがない方も、
ここで見た記事から、「やってみよう!」と
思ってくださった方は、ぜひ使ってみてください。

何かは動くと思います。
そして、いつか何かの時にもっと詳しく知りたい!と
思ったら、テレオパシーセミナーに参加してみてください。

きっと、きっと、確かな手応えを感じると思います。

では、では💛

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